(第11回)「食育」と粗食・その1

山崎光夫

 教育現場で「食育」が叫ばれている。
 食への知識や関心を高め、日々健全な食生活を送ることで心身ともに健やかな人間を育てるのを目的としている。平成十七年六月に施行された「食育基本法」が大きく影響していると思われる。
 子どもの成人病(懐かしい言葉!)が当たり前になっている今、「食育」の実践はむしろ遅きに失している。食べることを学ぶのは生きる上で、基本のキだ。

 「食育」の一環で「弁当の日」なる日が全国の小中学校で浸透しつつあるという。この弁当の日は生徒自身が弁当を作ってきて給食の時間に食べる。四国・香川県の一小学校長が始めた行事という。
 「弁当の日」ときいて私は「粗食の日」を思い出した。これはもうかれこれ十年前の話で、場所も同じ四国の小学校の校長が設定した行事である。月に一回の「粗食の日」に児童はご飯と漬物、もしくは梅干しだけの弁当を持参する。要するに日の丸弁当である。粗食に耐える精神と食物に感謝する気持を養うのが校長の目的だった。
 「これぞ食育!」
と私は校長のアイディアに敬意を表したものだ。

 いにしえの賢人の教えに、
 「小児を育つるは、三分の飢えと寒(かん)とを存すべし」
がある。小児を教育するには、少しの空腹と少しの寒さを体験させるのがよいと説いている。“粗食校長”はまさにこの精神の実践者である。
 ところが「粗食の日」は件(くだん)の校長が退職するとたちまち廃止されたという。
 「やっぱり」
と私は思ったものだった。
 「こんな弁当ではかわいそう」
という親の声に押されての中止である。
 飽食、贅沢が当たり前の時代。粗食弁当は支持されなかったのである。

 ところで、“粗食校長”が実践したご飯と漬物だけの粗食弁当をきいて、
 「それは贅沢な話だ」
と言った私の先輩がいる。私より一世代上の戦前育ちである。
 「銀シャリが食べられて何が粗食だ」
と怒りさえ見せている。
 銀シャリ!
 今日、全く死語になってしまったのであえて解説するが、「銀シャリ」とは白米を炊いたご飯をさす。先の大戦において、戦前・戦中育ちはこの銀シャリを食べるのが夢だったという。芋のつるやカボチャばかり食べていたら炊きたてご飯を腹一杯食べる夢を見ても不思議はない。

 こんな貧しい食事をしながら、記録によれば、戦後に栄養失調で死んだ人は配給制度をかたくなに守った検事一人である。
 いやそればかりではない。銀シャリを贅沢と思う人たちが世界一の長寿を実現している。現在の世界一の長寿を支えているのは栄養不足の時代を生き抜いてきた明治・大正・戦前昭和の人たちである。決して平成の子どもたちではない。
 ヒトの歴史は飢餓との闘いの歴史でもある。食べられない時代のほうがはるかに長い。ヒトは飢餓には強くできている。

 恐いのは栄養不良ではない。栄養過多だ。あふれすぎている食べ物、甘すぎる飲料水、カロリーオーバーのファーストフードなどなど。テレビはグルメ番組のオンパレードだ。現代は食の誘惑が尽きない。
 五歳児の狭心症、小学生の胃潰瘍、児童の高コレステロール症なども珍しくない。贅沢と過食と美食が子どもたちに「成人病」とその予備軍を蔓延させている。
 このたびの「弁当の日」のアイディアは結構だが、贅沢弁当、美食弁当になってはもとも子もない。むしろ、「弁当の日」には、ご飯と漬物だけの「粗食弁当」か、「焼き芋一個弁当」などはいかがだろうか。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
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