悲惨なバス事故を繰り返さないための教訓 道路交通における安全をどう確保するか

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1月15日未明に起こった軽井沢のバス事故。同じような惨劇を繰り返さないためには……(写真:読売新聞/アフロ)

1月15日未明に起こった軽井沢のスキーバス転落事故は、乗客・乗員合わせて15人が死亡するという、4年前に発生した関越自動車道ツアーバス居眠り運転事故を上回る犠牲者を出した。

筆者は現役の高速バス運転手や運行管理者など、複数の関係者に話を聞いた。そこで得られた情報も含めて考えると、バス業界の規制緩和、旅行会社の低価格強要、バス会社の管理不備、運転手の技量不足、乗員のシートベルト非装着と、複数の要因が重なった結果、大惨事に至ってしまったと結論づけられる。

近年の事故や事件では、特定の組織や人物を取り上げて執拗に叩く傾向が目立つ。今回も例外ではなく、2002年に施行されたバス業界の規制緩和や、バス会社の杜撰な経営が原因という意見が目立つ。しかし真剣に今回のような事故をなくしたいと思うなら、さらに踏み込んで多角的に分析していくことが肝要だ。

事故の直接的原因はなんだったのか

警察の情報によれば、事故の直接の原因は速度超過、つまり運転ミスの可能性が大きい。国土交通省が現場の碓氷バイパスに設置した監視カメラの映像では、最高峰の入山峠に差し掛かる手前の登り坂での異常は発見できない。ところが入山峠通過後、事故現場直前の下り坂では、かなりの速度でコーナーを曲がっている様子が映し出されている。バスに搭載されていた運行記録計では、制限速度50km/hのところ、約100km/hで走行していた。

なぜ速度が上昇したのか。運転手がバス会社イーエスピーに対して、「大型バスは不慣れであり苦手だ」と訴えていたとされることが想起される。大型バスは、この運転手が慣れ親しんでいた小型バスとは、さまざまな部分が異なる。

「大型バスの車両重量は12〜13tと、小型乗用車の約10倍、小型バスの3倍以上あります。そこで乗用車と同じ足踏み式ブレーキのほかに、排気ブレーキ、圧縮解放ブレーキ、リターダーと呼ばれる減速装置などが装備されています。走行中の減速ではこれらを主に使い、足踏み式ブレーキに頼ることはほとんどありません」(高速バス運転手)

排気ブレーキは排気管を塞ぐことでエンジンの排気圧力を増やし、減速する。圧縮解放ブレーキは、エンジンの圧縮行程時に排気バルブを開き、その後の膨張エネルギーを弱める。リターダーはエンジンの力をタイヤに伝えるプロペラシャフトに装着してあり、磁力などによってシャフトの回転を抑える。いずれも運転席のレバーなどで操作する。

複雑なバスの仕組み

さらに大型バスのトランスミッションは、圧縮空気などを使ってシフトレバーの動きを車体後部のギアボックスに伝達する、フィンガーシフトと呼ばれるメカニズムが一般的になっている。その名が示すように、軽い力と少ない操作量で確実なギアチェンジを行うことができる。

フィンガーシフトは通常のシフトレバーとは作動感が異なる。事故を起こした車種は、扱いやすいほうに属するらしいが、他のフィンガーシフト同様、シフトダウンの時に回転が上がりすぎると想定された場合は、エンジントラブルを防ぐために変速を受け付けない仕組みになっている。しかも大型バスのディーゼルエンジンは、最高許容回転数が2000〜2500rpmあたりで、小型バスや乗用車のディーゼルエンジンより、使える回転域が狭い。

「今回の事故を起こしてしまった運転手は、フィンガーシフトや最高許容回転数に慣れておらず、シフトダウンに失敗し、パニックになった可能性があります。シフトダウンに失敗すると、ギアはニュートラルになり、エンジンブレーキはもちろん、排気ブレーキや圧縮解放ブレーキも効かなくなります。事故を起こした車両はリターダーがまだ装備されていない年式のようです。またフィンガーシフトの場合、事故の衝撃でギアが抜けてニュートラルになることはまず考えられません」(高速バス運転手)

足踏み式ブレーキを多用しすぎて、ブレーキの効き(制動力)が落ちる「フェード現象」を起こして効きが悪くなっていたのではないかという指摘もあるが、これは考えにくい。事故現場は峠の下りに差し掛かって間もない場所であり、その前の上り坂ではブレーキはあまり使っていないはずだからだ。

ただ、運転手だけを責めるわけにはいかない。技量不足と知りつつこの運転手を採用したバス会社にも責任はある。同社については、運転手の教育が不十分だったことに加え、規定の約26万円を大幅に下回る約19万円での受注を行い、出発前の点呼を行わないなど、人の命を預かる仕事とは思えないほど杜撰な業務が次々に明らかになった。事故の2日前に、運転手の健康管理を怠るなどの法令違反があり、事故を起こした日に処分を下す予定だった。

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