迷走する地方分権改革、霞が関も自治体も抵抗、主役不在の不毛な戦い

迷走する地方分権改革、霞が関も自治体も抵抗、主役不在の不毛な戦い

2007年4月の発足当初、大きな期待を受けた政府の地方分権改革推進委員会(委員長・丹羽宇一郎伊藤忠商事会長)での議論が、完全に尻すぼみの状況に陥っている。

分権委員会は、昨年5月に直轄国道や一級河川の管理業務の国から都道府県への移譲を柱とする第1次勧告、12月には地方整備局など国の地方出先機関の見直しを柱とする第2次勧告をまとめた。2次勧告では初めて国の出先機関にメスを入れ、統廃合や地方移譲で全職員の3分の1を超える約3万5000人を削減することも盛り込んだ。

ところが、1次勧告を受けた地方分権改革推進要綱では内容が玉虫色になり、2次勧告を受けて政府が3月末にまとめた「工程表」では、出先機関の統廃合案や職員の削減目標がすっぽり抜け落ちてしまった。骨抜きになったのは、霞が関の中央省庁の抵抗に加え、各省庁の意を受けた自民党の族議員たちが猛烈に巻き返しを図ったためだ。

分権委員会では、今秋までに地方の税財政制度のあり方を柱とする第3次勧告をまとめる。それを受け、来春までには、地方分権の裏付けとなる法案が国会に提出される。

国から地方に権限や仕事を移しても、おカネを持たせなければ地方分権は成り立たない。その意味で、地方の税源や財源のあり方をまとめる3次勧告は重要だ。だが、霞が関や族議員が“介入”する現状を見ると、地方分権が望ましい方向に進むことはほとんど期待できない。

当事者は分権を望まず

ここで、これまでの地方分権の歴史を振り返ってみたい。

地方分権が本格的に議論されるようになったのは、1993年に衆参両院で地方分権の推進が決議されてからだ。95年には最初の地方分権推進委員会が発足。同委員会の勧告に基づき、00年には地方自治体が国の手足として働く根拠になっていた機関委任事務が廃止された。ただ、霞が関などの抵抗は強く、同委員会が01年に解散するまで、権限や税源の移譲はほとんど進まなかった。

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