実は女性が着物に家紋を入れるのはおかしい 関東には伝わらなかった「女紋」とは何か

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実際に商家では嫡男が生まれても、その子供に商才がなければ、よそから優秀な男子を娘の婿に迎えて跡取りにすることがあった。清酒の醸造業から両替商に転じ、江戸時代には100以上の藩に巨額の資金を貸し付けて日本最大の鴻池財閥の始祖となった鴻池新六(直文)も、家督相続について「酒宴遊興に長じてみだりに金銭を費やすなら、その身に一銭も与えず家から放り出せ」と家訓に書き遺している。

それにしてもどうして女紋は関東に普及しなかったのか。

「それは徳川家康が原因でしょう。家康は朝廷の影響を嫌い、五七の桐を下賜されようとしても、これを断りました。その代わり、賀茂神社の神紋である二つ葵の紋をもとに三つ葉葵を作って、それを家紋としたのです。朝廷に憧れた豊臣秀吉は、藤原北家の嫡流で関白だった近衛前久の猶子になって関白の地位を得ましたが、家康は関白にならずに征夷大将軍になっています」

実際に高橋氏が調べたところ、岡崎市までは女紋が存在することが判明。岡崎は家康の出身地であるが、ここで女紋が阻止されていたことになる。

ではなぜ、家康は朝廷の影響を嫌ったのか。「思うに、家康は歴史に学んだのではないでしょうか。たとえば源義経は後白河上皇から検非違使の地位を下賜されましたが、兄の頼朝に内緒でこれをもらったことで、頼朝から不審をいだかれ、滅亡に追い詰められました。家康は松平家の嫡男として生まれたものの、幼い時から織田氏や今川氏の人質として苦労を重ね、成人後は群雄割拠の戦乱の世を生き抜き、幕府を作りました。しかし武家優位の社会を作ろうとすると、朝廷が介入してくる可能性がある。後白河上皇が義経に検非違使の地位を与えたのも、兄弟を分断させるためだと悟った家康は、同じ轍を踏むまいと考えたのでしょう」。

だがこのために、混乱も起きた。かつては関東に女紋が知られていなかったため、関西から嫁入りした女性が女紋を持ちこむと、「うちの家紋を変えるつもりなのか」と騒動になった例もあったらしい。

女性が喪服に家紋を入れるのはおかしい?

女紋が普及しなかった地域では、喪服に家紋を入れるところもあるが、これが高橋氏の目には奇異に映る。

「家紋の中には女性が使う紋としては強すぎるものがあるのです。たとえば違い鷹の羽紋です。猛禽類をモチーフにしたこの紋は、もともと武士のもので男性が使うに相応しい。丸で囲ってあったり、剣が入っている紋も同じです」

丸で囲うものは領土を示し、剣と同様に武家の紋と言われる。そういう場合はどうしたらいいのか。

「丸で囲ってある場合は、その丸を細輪や雪輪のような優しいものにしていただく方がいいでしょう。また“剣方喰”のような紋は、剣の先が丸い“花剣方喰”にお替えになることをお勧めしております。その方が着物の印象がより女性らしくなりますし、お客様もご満足いただけます。実際に替えられる方がほとんどです」

女性がどういう紋を使うかは、最終的には本人が決めることだと高橋氏は述べる。「紋の話はある意味で歴史ロマンだと思います。そういうことをお客様にご納得いただいて、女紋をお作りさせていただく。それがお客様のお家の女紋として代々伝わっていくのなら、キモノ文化に携わる者としてこの上なく嬉しいことですね」。

 

安積 明子 ジャーナリスト

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あづみ あきこ / Akiko Azumi

兵庫県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。1994年国会議員政策担当秘書資格試験合格。参院議員の政策担当秘書として勤務の後、各媒体でコラムを執筆し、テレビ・ラジオで政治についても解説。取材の対象は自公から共産党まで幅広く、フリーランスにも開放されている金曜日午後の官房長官会見には必ず参加する。2016年に『野党共闘(泣)。』、2017年12月には『"小池"にはまって、さあ大変!「希望の党」の凋落と突然の代表辞任』(以上ワニブックスPLUS新書)を上梓。

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