『隅田川の向う側』を書いた半藤一利氏(歴史探偵・戦史研究家)に聞く

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 最近知ったが、この本は豆本世界にショックを与えたらしい。豆本の好きな人たちの間では、年賀状でしかなく、売り出しもしていないので、高い値段がついていたようだ。本として刊行されて値崩れしたとか。

--豆本年賀状には、その後の著作の「原石」もかなりあります。

9冊目が『漱石先生ぞな、もし』になり、また『荷風さんの戦後』などはそっくり写している。大相撲も1冊の本になり、『昭和史』の40年史観はすでに、この豆本年賀状に出てくる。

--この本の話の運びは、数字順やイロハ順など、執筆に工夫があるエッセイになっています。

むしろこういうふうに制約をつけたほうが文章は書きやすい。どんなテーマでもいいから書こうとすると、いろいろなことを考えてしまい、うまく絞りきれない。この本では、第1章から順に1から50まで、第2章は51から100まで、第3章がイロハニホヘトの48文字、それに第4章はABCDの26文字を、頭において織り込んだかたちにしている。思い返すと、それでも当時ずいぶん苦心したことを思い出す。 

--冒頭(背番号1)にある王貞治さんが向島生まれで、「竹馬の友」だった話は意外でした。

王さんにも話したが、覚えていなかった。吾妻町時代は乳児期で小さかったから記憶はないらしい。王さんは双子で、小さいときに姉さんがなくなった。

--45年3月10日の東京大空襲の描写は鮮烈です。

私自身が死ぬ思いをしたとは誰も知らなかったようだ。あるとき、「おまえ、やたら戦争のことを書いているが、経験もないのになんだ」という人がいて、「戦争の経験がないと書いてはいけないのか」と押し問答をした。「死ぬかどうかの思いをしたことがないやつに、なんで戦争のことがわかるか」という。それで、それまで経験をしゃべらなかったが、話さないと今の人たちは理解してくれないと思うようになった。

ただ、空襲の機銃掃射で腰を抜かした話とか、川に飛び込んで助かったことは自分だけだからいいが、一家全滅をいくつも知っている。その関係者の中には経験を語るのがいやな人も多いのではないか。どうしても当時が甦ってきてしまう。私は勤労動員で工場でも空襲を受けている。ただ、きちんと書いておくのも大事と思うようになり、『15歳の東京大空襲』(仮題)ということでまとめることにした。

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