豪腕・奥田会長 日本の賃金を下げる 給料はなぜ上がらない

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 この年、トヨタの動きを注視し、深夜まで会社に泊まり込み同社の労使交渉の帰趨を見届けようとしたのは、自動車業界にとどまらなかった。春闘でトヨタの動向がこれほど注目されたことはなかった。
 
 結局、賃上げは見送られる。トヨタ労組は、経営陣の強固な姿勢を突き崩すことはできなかった。トヨタ労組の敗北を受けて、金属労協(自動車、電機、鉄鋼など有力組合が加盟)傘下の各労組もベアゼロを受け入れる。春闘直後の記者会見で奥田氏は「来年以降もベアゼロでいい」と満足げに話した。

一方方の敗れた労組のナショナルセンター、連合。02年の春闘をこう総括した。「賃上げで、(業績好調な)輸出産業→公益産業→他産業という相場形成・波及パターンが、今後は通用しないという前提で議論していく必要がある」。通用しないどころではない。02年を境に従来の相場形成はむしろ逆回転を始めていた。
 
 トヨタがつくった賃金抑制の流れは、企業業績が増益に転じ始めた03年以降も猛威を娠るうことになる。

「トヨタが出さないのならうちも出さない」の論理

02年末に4四半期連続の実質GDPプラス成長を記録し、景気に明るさが見えてきた03年1月。03年3月期もトヨタの最高益更新が確実だったにもかかわらず、トヨタ労組は意外な動きに出る。ベア要求を断念する方針を決めたのだ。初代の日本経団連トップとして以前にも増して賃上げ反対のトーンを強めていた奥田会長を前に、労組は萎縮。

「再びベアゼロの妥結になったら、組合のダメージが大きい」と、闘うことを自ら降りてしまった。
 
 自動車総連と並ぶ、主要産別組合である電機連合の関係者は振り返る。「あれは決定的だった。『あのトヨタが出さないのに、もっと苦しいウチの会社がなぜ要求できるのか』というのが経営者の常套句になった。それに反論できる労組はほとんどなかった」。
 
 トヨタ労組のベア要求なしは、緩やかな景気拡大期に入った05年まで続くことになる。自動車メーカーや車体・部品、販売会社などの労組が加盟する自動車総連では、トヨタ労組と足並みをそろえ、03年から3年連続で、統一ベア要求を見送った。この間、多くの自動車メーカーが業績好調だったにもかかわらず、だ。
 
 自動車と並ぶ春闘のリード役である電機では業績不振企業が多かったこともあり、自動車より1年早い02年から05年まで統一ベア要求はなかった。鉄鋼も02年から05年まで統一ベア要求を見送った。
 
 連合の古賀伸明事務局長は、日本の労組が総萎縮状態に陥ったのは「失われた10年」のトラウマが大きいと言う。「労組の誰もが『雇用調整は二度と体験したくない』と思った。たとえ賃金が上がらなくても雇用を守るほうがいいという姿勢に傾いた」。

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