(第9回)戦国武将に学ぶ健康術・その3

山崎光夫

 戦国時代を代表する名医・曲直瀬道三(まなせどうさん)[1507~94]が、武将の松永久秀(まつながひさひで)[1510~77]に与えた房中術書に『黄素妙論(こうそみょうろん)』がある。この書は、男女の交合(性生活)を実践的に説く性の指南本である。松永久秀といえば、将軍・足利義輝を自殺に追い込んだり、一時京都を支配したりで、下克上の時代にのしあがった勇猛果敢な武将として印象づけられる。『黄素妙論』は、その松永久秀が活用した教典だけに、内容は多分に“武士(もののふ)”的である。
 本書は現在の若い男女に蔓延している、「結婚できない男・結婚しない女シンドローム」にわずかでも風穴を空けることが可能になるのではないかと考える。戦国武将のパワーの一滴でも滋養にして活力源にしてもらいたいものだ。

 『黄素妙論』は、中国の伝説上の帝王である「黄帝(こうてい)」が、これまた伝説上の房中術に通じた仙女「素女(そじょ)」に性の奥義を問いただすという問答形式で構成されている。素女は養生の基本を説く。
「飲食(いんしい)の保養(ほよう)、男女(なんにょ)の交合(こうごう)、只此の二つにきはまり」
 として、飲食と交合の二つが健康を保持する要点だと強調する。この二点を車の両輪視している。どちらかが不完全だと、車が壁にぶつかるのは必定。会社の貸借対照表ではないがバランスが取れていなければ、会社も病身に陥ってしまうのと同じである。

 さらに、この宇宙を形造っているのは、陰と陽、天と地という相対する二要素であり、この二元が正しく交流してこそ万物は正常に機能すると説く。男女も同様で、正しく交合してはじめて子孫の繁栄がもたらされ、同時に、秘伝の房中術を実践してこそ、養生を極められるという。

 以下、その秘伝術を紹介している。
 交合に臨んで、男子は女人が交わりたいという欲望がおきていないうちは、決して事に及んではならないと教えている。
 では、女人の情欲のきざしをどう見きわめるか。
 五つの反応を注視せよと説く。本稿では、その一つを紹介する。
「男女ひそかに対面し物語などするに俄(にわか)に女のおもて赤くなるは心中(しんじゅう)に淫事(いんじ)の念(ねん)きざすしるし也」
 男女が親しく語り合ううち秘め事の話などをすると急に女の顔が赤らんでくることがある。このときこそ男子は交合の準備に入るのがよい。その瞬間を逃すと女人は興ざめる。
 要はタイミングである。まさに戦国の世の戦(いくさ)そのものである。機をみるに敏でなければならない。
 男子は交合において、女人の心身の反応をよく見きわめて、双方の満足を得るように制御する術が必要であると説く。乱暴に振舞ったり、自分だけ勝手に満足して事を終わるのは養生道に反しているのである。

『黄素妙論』の記述--。
「能々(よくよく)此理を心得て妙道をおこなふ人は兵法者の小太刀(こだち)にて諸具足をおさめ万敵(ばんてき)にかつがごとし」
 房中術を十分理解している者は、戦術に通じている達人が武具を上手につかい、あらゆる敵を打ち負かすのに似ていると説いている。いにしえの賢人は教える--、交合はまさに戦場なのである。
 戦場ならば、「指示待ち世代」や「草食系男子」「ゲーム熱中症」の腰は引けてしまうだろう。由々しき問題ではある。
 現代はどうも男女の原点を見定め直さねばならない時代にきているようだ。
 次回は、より具体的に房中術を紹介したいと思う。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
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